Ho Chi Minh City (Saigon) 2 nights 3 days (2)

ベトナム旅行記、日記風に3回に分けて書いたものです。なんか今回のベトナム旅行は愚痴っぽくなってます。

2002年11月3日(日)

1. ホテルにて
 朝起きて少々のんびりしていると、窓の外でワーワー言っている。下を見ていると、青いシャツを着た大勢の人がデモをしている。おかげで道が大渋滞。垂れ幕を持った人もたまにいるが、なぜかSAMSUNGの旗を持った人がいる。まぁ、反政府暴動にSAMSUNGがお金を出すわけはないから、特に危険はないな。
 その後、デモによる渋滞を見た後、朝食を食べに降りる。このホテル、5階以上が吹き抜けになっているのだが、5階の丸テーブルで食事を取っている人たちがいる。しかし、そこは団体チェックインのフロアーだし、多分、そこで食事をしているのも団体客だろう。と言うことで妻と私は1階のカフェテリアに向かう。
 1階のカフェは朝食をとる客で修羅場(おいおい)と化している。受付に人がいないし、ちょっと待ってもだれも相手にしてくれないので、勝手に席に着く。席に着くとちゃんとウェイターがコーヒーを持ってきてくれる。しかし、部屋番号を聞かれるわけでもなし、これでいいんかいな。
 朝食は、他のアジア諸国のホテルでもおなじみ、バイキングスタイル。メニューは洋、中、それに味噌汁などの和食が少々、あとはフルーツ。シンガポールに住んでるとトロピカルフルーツがぜんぜん珍しくない(^^;;;)。
 シューマイ、焼きそばなどを食べて一服していると、カフェのちょっと奥のほうにフォーの屋台があるのを見つけた。あ、しまった。フォーがあるなら最初から食べるのに…。

2. 統一会堂
 食事を済ますと、観光に出る。まずは歩いて統一大会堂に向かうことにした。
 ホテルを出るとドンコイ通りを歩く。まず面倒なのがシクロの運転手。その次がココナツ売り。果てはバイクの運転手。みんな英語や日本語で話しかけてくるが、うざったいったらありゃしない。別にあんたたちに世話になる必要はないよ。それに、何でバイクに3人乗りしなきゃなんないの?。
 そういう連中は適当にあしらって、まず人民委員会前に出る。見るからにフランス植民地時代の立派な建物。その前にホーチミンが女の子をひざの上に乗せている像がある。そこで写真を何枚か撮る。
 それからまた歩き続ける。歩行者用信号が日本のものと同じだ。日本のODAで買ったのかな?
 統一会堂に近づくにつれ、青いシャツを着たさっきのデモ隊の人が増えてくる。いったいなんだろう?まさかSAMSUNGの販売員の集会じゃあるまいし。この連中、統一会堂とその前を完全に占拠していた。統一会堂の係員に聞くと、「メコンデルタ地域の貧困層救済のチャリティー」だそうで。
 統一会堂は入場料15,000ドン(約150円)。建物は、いかにも50〜60年代にアメリカではやったようなコンクリート造りの建物。機能重視というか、味も素っ気もない建物。
 中に入ると、「ついさっきガイドが出たばかりだから、すぐ追いかけろ」と言われる。でもどこに行けばいいんだ?ちょうど、大会議室で日本人ツアー客相手にガイドが説明していたので、そこに入り込む。
 その後、今度は英語のツアーガイドについてゆく。このツアーガイド曰く「統一前はBBCラジオを自由に聞くことができたが、統一されたらそれも禁止されて…」などとのたまっている。おいおい、そんな国家に批判がましい事言って大丈夫か?この人、本当に公式のガイドだろうか?
 大統領執務室、副大統領執務室、挙句の果ては映画室、アミューズメントホールまである。でも、特にそんなに贅沢の限りを尽くした建物でもないし、少なくとも実権を持った大統領ならこのぐらいの建物で執務してもおかしくはないな。屋上に出ると米軍のヘリコプターが飾ってある。その前に黄色いペンキで円が二つ書いてある。ホーチミン作戦の開始を告げる爆弾を落とした場所だそうで。
 その後地下にもぐり、地下室にある無線室、大統領執務室などを見る。まぁ、戦争をやってたんだからこのぐらいの設備は当たり前。その後、ベトナム戦争の説明をしている部屋に連れて行かれる。
 フランス植民地時代、南ベトナム時代、そしてサイゴン陥落(ホーチミン作戦)の説明、その後のベトナムの発展などなど。まぁ、現在の共産党政権の正当性を示すだけだから展示もこんなものだろうけど、統一されてわかったのは「米帝の植民地」だったはずの南ベトナムのほうがよほど裕福で言論が自由だった事。統一後のベトナムはドイモイが導入されるまでは経済が破綻状態、社会主義国にも関わらず年率1000%のインフレ、米が1年に3回取れる土地なのに飢餓が起こった(80年代の話である)。大量の難民を出したのは有名な話だけど、展示の中では一切触れられていない。
 政権の正当性は戦争の勝利にあるのではなく、国民をいかに満足させるかにある。ドイモイでやっと共産党もそれに気づいたようだ。それまでの犠牲が大きかったが…。
 統一会堂の建物を出ると、特設ステージでコンサートをやっていた。集まった人たちはもういい加減疲れてきたらしく、あちこちで座り込んでる。果たしてお金はどのぐらい集まったのだろうか?
 この後、郵便局とサイゴン大聖堂(人によってはノートルダムと呼んでいたが…)を見てとりあえずホテルに戻る。

3. 昼食
 ホテルの部屋で涼みながら、昼食をどこでとるか、妻と相談。るるぶに「カジュアルベトナム料理」と書いてあるCom Ba Caと言うお店があるらしく、そこに行きたいと妻が言う。
 地図を頼りに歩くこと10分、グエンフエ(Nguyen Hue)通りをトンタットティエップ(Ton That Thiep)通りで左折。道の両側はぐっと庶民的な店が並ぶ。電器屋、バイク屋、そして食堂など。そのうちの一軒が目的のCom Ba Ca。おい、カジュアルベトナム料理じゃなくて、単なる地元民向けの食堂じゃないか。言葉が通じるかとても心配。
 入り口にいろんな料理が置いてあり、そこで何を食べるか注文(結局指差しだった)。その後、2階に上がり席に就く。すると店員が料理とライスを持ってくる。頼んだのはチキンカレー、ブタ肉と卵の煮物、ブタとジャガイモのスープ、それにライス。あまり辛い料理もなく、おいしく食べれた。たぶんジュースを頼むと氷入りで出てくるだろうからパス。食べ終わると代金を払うシステム。これで32,000ドン(320円)。二人でS$2しないから、シンガポールの半分以下の値段だ。

4. チョロンへ
 昼飯を食べた後、私の希望でチョロンに行くことにした。その前にスーパーに寄って水とベトナムコーヒーを買う。コーヒーは外国人に人気らしく、若い女性店員が盛んに薦めてくる。曰く、「1パック買うと、無料でコーヒーメーカーをつけるよ」コーヒーメーカーが2つほしかったので2パック買ってしまった(シンガポールに帰ってから朝飲んでるけど、なかなかおいしいコーヒーだった)。
 スーパーの前でタクシーを拾い、チョロンの天后宮に向かう。タクシーは、車とバイクのあふれる道路をクラクションを鳴らしながら進む。運転は荒いんだけど、あまりスピードが出ないのであまり怖くない。15分ぐらいすると、チョロンに入る。今まであまり見かけなかった漢字の看板が少しずつ増えてきた。でも他の国のチャイナタウンに比べるとまだ漢字の看板は多くない。そういえばベトナム政府は統一後、華僑も弾圧したんだっけ(国民党支持者が多かったことも理由だが、中国との仲が悪かったのも理由のひとつ)。
 天后宮は屋根の飾りがとても精密で美しい、福建風の寺院。台湾、シンガポールの龍山寺とも共通する建築。
 中に入ると、天井から渦巻形の線香が数多くつるされ、その香りが漂っている。ツアー客が来ていたが、そこまでうるさくなく静かな雰囲気だった。門の外の車とバイクの騒音とは別世界。壁には寄進者の名前が刻まれており、最初は19世紀、そして南ベトナム時代にも改築がされていることがわかる。
 次は関帝廟に向かう。こちらは参拝客がほとんどおらず、もっと静かな雰囲気。道路から門まで少し距離があることも理由のひとつだろう。天后宮よりは少々小さめだが、装飾は負けず劣らず精密で素晴らしい。中では1歳半ぐらいの子供がほうきを持って床を掃いている。
 しばらく静かな雰囲気に浸った後、チョロンを少しだけ歩く。確かにチャイナタウンだが、あまりそれっぽくない。漢字の看板もそんなに多くないし…。
 チョロンだけではないが、鉄骨でできた電信棒が結構目立つ。これは南ベトナム時代のもので、あまり背が高くない。確か、Miss Saigon(ミュージカル)のサイゴン陥落のシーンで、この電信棒によじ登る脇役がいたなぁ。
 まぁ、特に買い物をするわけでもないので、暑いし、さっさとホテルに戻ることにする。タクシーを探すが…なかなか来ない。それどころか、道の向こうから来るのはバイクばかりで自動車さえ来ない。どうなってるんだ?と反対側を見ると、タクシーが一台止まっている。中を覗き込むと運転手が昼食の真っ最中。バイン・ミーをほおばっていた。窓ガラスをたたくとあわててバイン・ミーをしまいこむ。ごめんねぇ、邪魔して。ホテルまで25,000ドンだった。この値段だったら、ボラれていないはず。

5. お買い物
 妻が、バチャン焼きがほしいと言うので、ホテルの近くのオーセンティックという店に行く。このお店、ブティックと書いてあってバチャン焼きのほかに服飾類も売っている。
 店に入ると、中は日本人だらけ。妻はハート型の皿が欲しかったらしい。しかしなかなかいいのがなくて、結局皿はあきらめた。結局買ったのはコーヒーカップとソーサーを2セット。US$5.5だったので、二つでUS$11。草で編んだ袋に入れてくれる。もちろん観光客用だし、地元の人からすればバカ高い陶器なんだろうけど、まあ、気に入ったのがあったし、ベトナムにそこまで義理立てする必要もないか。

6. 夕食
 再びホテルに戻って夕食をどこで食べるか相談する。ドンユー(Dong Du)通りにあるタンナムというベトナム料理のレストランに行こう、と言うことになりPM6:00ぐらいにホテルを出る。
 メニューと値段を確認し、さあ入ろうか、と思ったら店員が「今はいっぱいです」とのたまう。おいおい、1階は誰もいないじゃん。たぶんツアー客の予約でいっぱいなのだろう。べつにここにこだわる必要もないので、同じドンユー通りにあるドンユーというベトナム料理の店に向かう。
 この店は、フランス料理のLe Mekonと同じ建物にあり、入り口でどちらにするか聞かれる。「ベトナム料理を」と答える。こちらへ、と言われて通されたのがなぜかLe Mekonの方。でもメニューはベトナム料理のメニューを出された。どうやら、Dong Duの方がいっぱいだったらしく、融通を利かせたみたいだ。
 いちいちアラカルトを選ぶのも面倒だし、セットメニューにする(US$8.5)。ビールは333。セットメニューの内容は、揚げ春巻きのサラダ、牛肉のココナツスープ(やしの実の中に入っている)、トマト、パイナップルとエビのスープ、牛肉煮込み、野菜炒めとご飯。あ、333は缶入りが1本19,000ドンだった。
 ここもツアー客でいっぱいになる。隣のツアー客はフランス料理を食べてる。まぁ、ベトナムに何泊もするんだったら、たまにはフランス料理もいいかも。でも、ベトナム料理を食べてる人の方が多かったような気もする。
 PM7:00から、バイオリンとギターの演奏が始まる。サウンドオブミュージックの曲から始まり、延々と続く(私たちが店を出るまでず〜っとやっていた)。なお、Dong Duの方ではPM8:00からベトナム音楽の生演奏があるらしい。
 お味の方は昨日のNam Anよりはよかったと思う。何よりもチップ云々と言われなかっただけムードが壊れなかった。とりあえず今日の夕食は楽しめた。

というわけで、あまり身の入った観光をしてたわけではありませんが、一日が過ぎてしまいました。3日目はベトナムからシンガポールに帰るだけなので、実質サイゴン観光は1日だけでした。

続く。