1998年8月 ヨーロッパ4都市旅行記その3

ヨーロッパ旅行記第3回目、パリ編その1です。KLMでパリに到着しました。

8/8 (Sat.) パリ

1) Hotel Villa Sofia

  • RER、地下鉄を乗り継ぎ、Bastilleへ。このホテルはApple Hotelsを通じて予約していた。しかし、期待外れのホテルだった。部屋は蛍光灯がチカチカ点灯するし、天井には水漏れの跡。部屋はテレビがある。しかし殺風景。まだシャワーがあるだけましか…。まあ、エアコンがないのは仕方ないが、とても暑かった。
  • このホテルの近くはレストランやバーが建ち並び、とてもにぎやか。ということは、ちょっと気をつけた方がいい地域、と言うことでもある。ホテルに向かう途中、声をかけてきたアラブ人がいたが、「無視」してホテルを目指した。
  • この日は夜になってパリに着いたので、疲れてた私はシャワーも浴びずに寝てしまった。

8/9 (Sun.) パリ

 1) リヨン駅
  • 時差ボケも何のその、朝7時半までぐっすり寝てしまった。シャワーを浴びるとすぐにチェックアウト。その足でGare de Lyonへ向かう。ベネチア行きの夜行列車のクシェットを予約しなきゃ。
  • リヨン駅に着くと、すぐに窓口を探す。日曜の朝だけあって窓口はすいている。紙に行き先と列車を書くと、窓口に差し出す。係員は一言「Internationale」。ここは国内線専用の窓口よ、と。右手を見ると、国際線(列車)の窓口が2つある。急いで窓口を移る。「今日のベネチア行きのクシェットある?」「ちょっと待って…いっぱいだねぇ。寝台ならあるんだけど。」「んじゃ、明日の夜のクシェットは?」「明日の夜なら大丈夫」「んじゃそれ一つ、一番上のベッドね」ということで、パリでもう1泊する事になった。Paris-Venetiaのクシェット(2等)は90Fだった。 列車の予約が済むと東駅に向かう。
  • 今日の宿を探さなきゃ。 
2) ホテル探し 
  • 地下鉄で東駅に向かう。この近くには安宿が多い、とのこと。さあ、探すぞ!歩き方=だまし方片手にホテルを探す。でも、なかなか安いホテルがあいてない。ふと、東駅の向かい側を歩いていると、狭い戸口のホテルがある。よし、聞いてみるか。「今晩泊まりたいんだけど、シングルいくら?」「160FFr」「それじゃ1泊」と言うことで即決。160FFr払うと鍵をもらい、エレベーターで5階へ。
  • 鍵を開けると、天井が傾いてる。屋根裏部屋だ。部屋にはシャワーもトイレもない。まあ、安いし仕方ないか。窓からの街並みの眺めは、味がある(と私は思ってる)。後でホテルの入り口を見ると、Hotel Tantonvilleと書いてあった。★は一つ。
 3) Republic広場周辺 〜 街歩き
  • 午前中は街をぶらぶら。まず東駅に行って朝食。ハムとチーズのサンドイッチを頼む。その後にRepublic広場に向かって歩く。日なたに出ると暑いので、日陰を選んで歩く。Republic広場まで20分ぐらい歩いたか。まず目指すはYH。91年の冬に卒業旅行で泊まったところ、懐かしいところである(でももうYHを渡り歩くなんてできないけど)。
  • Republic広場からBellevilleの方に向かい、途中で右に曲がる。すると左手にYHが…あった!。Auberge de Junes "Julles Ferry"。中にはいると、ロビーは(昔と比べると)かなり変わっている。壁に掛かった世界地図だけが同じだった。今、YHに泊まる旅ができるか?と言われると、ちょっとつらいなぁ…。考えてみると、ここ3年ぐらいはドミトリーに泊まったことがない。なお、このYHには有料で使えるインターネットがあった。公衆電話みたいにコインを入れるとNetscapeが使えるのだが、公衆電話のインターネット版、公衆インターネットかな?。
  • その後、Bellevilleの方に向かってぶらぶら歩く。アラブ人や中国人(もしくはベトナム人)が経営する店が多い地域。夜歩くとちょっと気持ちよくないかもしれないけど、昼間はなかなか面白い。この辺は変わらないなぁ…。ぶらぶらと歩く。暑い!なんて暑さだ。これじゃ日本と変わらない。ふと横を見ると、バーで地元の人がビールを飲んでる…ええっと、時計は11時を指してる…暑い…と考えてるうちに、バーに入ってしまった。バーの向こう側のおじさんに、ビール!と頼む。11FFr。さすがに冷えたビールは美味しい!まだ昼前なのに…。結局、街を歩きながらのどを乾いたらビールを飲む、と言うパターンを繰り返す。胃にはよくないんだけど。
4) ピカソ美術館 
  • ビールばっかり飲んでも仕方ない、ということで美術館に行くことにした。行き先はピカソ美術館。Republic広場から歩いてもいけるが、暑いので地下鉄に乗る。最寄りの駅から行き先表示に従って歩く。ピカソ美術館までの道は、ちょっといい雰囲気。途中にはもちろん、バーもある。
  • ピカソ美術館は住宅街の中にあった。あまり大きい建物ではない。中に入ると冷房が利いている。ほっ(入場料記録忘れ)。あまり大きな美術館ではないので、少しずつゆっくりと見て回ってもあまり時間がかからなかった。
  • ピカソの絵の中でも、女性を描いたもの(奥さんだったかな?)は他の絵と何となく雰囲気が違う、柔らかな感じがする…気がした。
  • 大小多くの抽象画や習作を見て回るが、一番興味を引いたのは、ピカソがデザインした共産党大会のポスター。ピカソは長い間、共産党員だった(そのため、フランコ独裁下のスペインには帰国できなかった)。この美術館には他にはなかったが、ピカソの絵には共産党の影響のあるものもある(「ゲルニカ」ではなく、「朝鮮の虐殺」というタイトルの絵。この絵は今どこにあるんだろう?)。
5) ホテルに戻る 
  • ピカソ美術館を出ると、時計は3時前。昼食を食べるとホテルに戻る。疲れが残っているのか、時差ボケのせいか眠い。ビールのせい、という話もあるが。地下鉄でホテルに戻ると、昼寝。
  • 昼寝から目が覚めると、東駅、北駅周辺をぶらぶら。午後7時ぐらいだがまだまだ明るい。北駅で、モデムの接続ができる公衆電話を見つける。明日、メールのチェックをしよう(So-netのローミングサービスが使えた)。
  • 夕食は、またサンドイッチとビール。Amsterdamというブランドのビールを買ったが、何故かうまくない。よく見てみると、アルコール度10%!アルコールのにおいが強すぎて美味しくなかった。
  • 夕食を食べ終わると、少しずつ暗くなっていくパリの空を見つめていた。

というわけで、あまり情報量のない旅行記、第4回に続きます。